言葉,ことば,コトバ verbum,verb,word =思考と言語の関係を考える前提のひとつとして

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739. 言葉,ことば,コトバ verbum,verb,word =思考と言語の関係を考える前提のひとつとして

ユーザ名(Username): 主観の新茶
日時: 2011/1/6(21:37)

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 言葉,ことば,コトバ verbum,verb,word =思考と言語の関係を考える前提のひとつとして

1 英語のverbは,ラテン語で「言葉」を意味するverbumに由来する単語である。
 「初めてのラテン語,大西英文著,講談社現代新書」のP132によると,古典的聖書として有名な「ウルガータ」の新訳ヨハネ伝のラテン語訳の冒頭は,

 in principino erat Verbum,et Verbum erat apud Deum,et Deus erat Verbum

である。
 その訳は,日本聖書刊行会の「新改訳・聖書」によると,大西著P133に記載してありますが,「初めに,ことばがあった。ことばは,神とともにあった。ことばは,神であった。」というものです。
 Verbumは,ことば(言葉)と訳しています。

 また,同著P124は,「人々は,キリストの言葉を熱心に聞いていた」という文例として,「verba Christi intente audiebant」と書いています。
 私がこの文に勝手に解説をつけると,verbaは,複数対格で目的語,Christiは,名詞の属格,「〜の」という形容詞的用法で,英語のsomething goodに近い用法で,英語では少なくなったが,ラテン語では後から修飾するのが基本,intenteは,語尾にeをつけて副詞,audiebantは,audioの未完了過去であり,複数三人称であるから,主語は省略されていて,「人々」である。

2 新ラテン文法,松平千秋・国原吉之助共著,東洋出版の「名詞変化」P26によると,「verbum,n,言葉」という名詞の変化は,
      単数   複数
  主格 verbum   verba
  属格 verbi   verborum
  与格 verbo   verbis
  対格 verbum   verba
  奪格 verbo   verbis
である。
 呼格は,第2変化の中性名詞の場合,主格と同じなので,省略する。

3 小西甚一著 国文法近道 洛陽社 P60は,以下のように記している。
 英文法でいうVerbとか,Adjectiveを,動詞あるいは形容詞と訳するが,それと国文法でいう動詞・形容詞とは,決して混同されてはならない。
 英文法にいうVerbの中には,国文法でいう動詞・形容詞・形容動詞が,一切合切,含まれているのである。
 小西甚一さんは,硬骨の大学の先生,学者であり,かつて高校受験生にも,有名な人であった。
 長生されたが,先ごろ,鬼籍に入られた。

4 英語のword。カタカナで日本語表記すれば,ワードである。
 verbumのvが,wに変更されたものが,wordの語源,由来である。

 ラテン語には,wという文字はない。しかし,ウの発音はあった。ウの発音を担ったのが,vである。
 ラテン語を知っているかいないかの指標の一つが,vの発音だそうだ。前記大西P21参照。
 verbumは,ウェルブムと読む。

 先の変化表は,単数主格から順に,ウェルブム,ウェルビー,ウェルボー,ウェルブム,ウェルボー,複数は,ウェルバ,ウェルボーラム,ウェルビース,ウェルバ,ウェルビースと読む。
 
5 英語で,verbに関連した派生語は,すべて,基本的には,「言語」という意味である。
 これは,ラテン語verbumが,「動詞」という意味はなく,「言語」の意味しかなかったという語源からみて,当然であろう。

 verbal,
 nonverbal,
 verbalism,
 verbalist,
 verbalize,
 verbally,
 verbatim,
 verbiage,
 verbose,
 verbosity

 という言葉すべてを参照のこと。

6 ノンバーバル・コミュニケーションとは,非言語的コミュニケーション(言葉以外の伝達)の意味である。バーバルは,「言語の」であるから,「ノンバーバル」は,「非言語的」の意味である。

 竹内一郎のベストセラーである「人は見た目が9割/新潮新書」は,P10において,「ノンバーバル・コミュニケーションとは,言葉以外の伝達である。」と定義している。
 この本は,全編,ノンバーバル・コミュニケーションの重要性について述べたものである。

 竹内氏は,のっけから,P19,「本をたくさん読む人が,必ずしも情報をたくさん摂取している人ではない。」「私たちは,本をたくさん読む人の中に,人望もなく,仕事もできず,社会の仕組みが全く理解できていないと思える人がたくさんいることを知っている」と書いてある。

 竹内氏が賞賛する人は,「情報をたくさん摂取している人」「人望のある人」「仕事のできる人」「社会の仕組みが理解できる人」であり,4つのうちの一つもない人は,少なくとも賞賛できないと主張していると,私には読める(なお,私の竹内氏に対する理解を論評したいのならば,この本の全体を読んで判断することが必要である。およそ,一度でも,本の一部を読んで,本の内容を云々した人には,頭につける薬がないと思われる)。
 竹内氏が,「本をたくさん読む人の中に,社会の仕組みが全く理解できていないと思える人がいる」と述べるくだりには,同感する。
 竹内氏は,P94において,「アメリカ人は,人にわからせようとする気持ちが強い。日本人は,人にわからせようとする気持ちが少ない。」旨述べる。

7 インターネットに載せる文章(投稿等)においても,人にわかるように書けないというのは,その意味では,日本人だ。
 私には,「人にわからせようとする気持ちが少ない日本人は,結局,英語を何億語,読破しても,英語の発想はできない。つまり,西洋のものの考え方・見方は,わからない。それは,つまり,英語を学んでも,論語読みの論語知らずに等しい。」と思える。
 この上記3行は,今の私の感慨であるが,また,私の感慨に過ぎないから,単なる一人の意見として理解していただければよい。

8 動詞という文法用語は,明治以前,つまり,江戸の時代に,中国で,verbの訳語に案出されたものであったが,これが,日本に輸入され広まった。
 動詞は,例外的に「状態」等を表すものがあるが,原則は,動作を表すものが多いことから命名された用語である。
 つまり,なぜ動詞と命名したかといえば,それは,verbが,元来,言葉を意味するにすぎないのに,英語では,言葉の中心がSVOのVであることから(ABCのBと言っても差し支えないが),このVの位置にある単語を,verbと呼んだのと,あたかも同様である,と私は思う。

9 なお,余談だが,verbを動詞と呼ぶ命名が不当であるというような見解は,まともな学者の間では存在しないと,私は考えている。
 およそ,どの学問であれ,用語というものは,その分野の専門家の間では,常に,その用語で良いかどうかという妥当性を考慮し検討しているものである。

 そうして,verbの訳語として,動詞は,適訳であるという専門家の見解がありこそすれ(たとえば,国文法学者の高橋太郎の著書),不適当であるという見解は,まともな学者の中では存在しないと,私は思っている。
 動詞という訳語が不適当であるという見解であるのなら,根拠の文献を示してもらいたいと思う。

 そして,verbの訳語が動詞であるというのは,間違っている(正確でないなど同様の表現を含む)とか,verbという語感,イメージば,まさにSVOのVたる位置を示すにふさわしいものであるなどという見解が,大手を振るっているようであれば,まともな人々は,そんな話の輪の中に入ってこないであろうと,私は信ずる。

 そんな議論が横行し,そんな投稿を見ざるを得なかったのであれば,各人は,人生の機会に,別の有益な話ができなかったという意味で,かつ,まともな人が話の輪に入ってこなかったという意味で,大きなopportunity cost(機会損失)を支払ったことになると,私は考えている。


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[汗] 743. Re: 言葉,ことば,コトバ verbum,verb,word =思考と言語の関係を考える前提のひとつとして

ユーザ名(Username): さかい@tadoku.org
日時: 2011/1/10(00:14)

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主観の新茶さん、みなさん、こんばんは!
さかい@tadoku.orgです。

主観の新茶さん、6日に上の投稿をなさって、数日経ちますが、
どなたも返信していませんね。

そのことをどう思われますか?

すでに一度書いたことですが、ぼくには、主観の新茶さんご自身が、

  「人にわからせようとする気持ちが少ない」

ためのように思えます。

今掲示板を見ている人たちはどんな人なのか、想像なさって、
その人(たち)に語りかけるように書いてみてはどうでしょう?

以前ご意見申し上げて以来、新茶さんは書き方を変えてくださったと
ぼくは評価していますが、まだ掲示板を見ている人たちに返信してみようと
思わせるには至っていないと思われます。

もう一点、要望を出します。

たとえば

  なお,余談だが,verbを動詞と呼ぶ命名が不当であるというような見解は,
 まともな学者の間では存在しないと,私は考えている。

・・・のような書き方は、反論を寄せ付けず、議論の余地を奪い、
みなさんに「返信するのはやめよう」と思わせる書き方になっていると
ぼくには見えます。

ここからはぼく自身の余談です。

*verbをもし動詞と呼ぶ命名が不当ではないとすると
「verb=動詞」 という一対一対応が成り立つということでしょうか?

  「3 小西甚一著 国文法近道 洛陽社 P60は,以下のように記している。
   英文法でいうVerbとか,Adjectiveを,動詞あるいは形容詞と
   訳するが,それと国文法でいう動詞・形容詞とは,決して混同されてはならない。」

という部分を読むと、「verb=動詞」ではないと読めますが、どうなんでしょう?

なお、ぼくは17年前に公刊した 
「どうして英語が使えない? 学校英語につける薬」(ちくま学芸文庫)
という本の中で、英語一語に対して日本語の訳語一語を対応させることを
批判しました。できれば同書を参照なさって、お返事をください!

*「word の語源は verb」 について

  「verbumのvが,wに変更されたものが,wordの語源,由来である。」

と書いていますが、これはどうなんでしょう?

word と verb が同源という話はありますが、
word は verb から直接出てきたという話は聞いたことがないように
思います。お確かめください。



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