たかぽんへ (そしてちょっと、みなさんへ)

[掲示板: ゆっくりじっくり、いろりばたの掲示板(仮称) -- 時刻: 2019/7/19(12:44)]

TOP HELP OPEN LOGIN    :    :



上へ上へ | 前へ前へ | 次へ次へ | ここから後の返信を全て表示ここから後の返信を全て表示 | 引用して返信を書き込む引用して返信を書き込む | 返信を書き込む返信を書き込む | 訂正する訂正する | 削除する削除する

[提案] 644. たかぽんへ (そしてちょっと、みなさんへ)

ユーザ名(Username): さかい@tadoku.org
日時: 2010/8/24(00:16)

------------------------------

こんばんは! さかい@tadoku.orgです。

じっくり考えました。

* たかぽん、たかぽんの投稿を「怖がっている人」、「嫌気がさしている人」が
  まだ少なからずいると考えられます。

  たかぽんがぼくの返信に答えた

********************************

  酒井先生、みなさん、こんにちは。

>* たかぽんへ

>そこで、この掲示板でこれからいくつか質問をします。

>第一の質問は、

>  たかぽんは3ヶ月前のことを今どう考えているか、

>ということです。

>まずこの質問に答えてください。

  どう考えているか?
  えー、正確に憶えていませんが、酒井先生の対応は最悪だったと思います。
  が、その点はいろいろ反省されたでしょうから、水に流そうと思っています。

  一方、私も頭に来て、言葉が強くなった面はありました。
  みなさん、申し訳ございませんでした。

  (ただ、ミグさんが書かれたようなことは、絶対に、書いたおぼえ、言ったおぼえがありません。
   おそらく、寝言でも言っていないと思います。)

>あ、すぐに返信しないようにしませんか?
>ぼくも必ず時間を置いて、よく考えてから返信しますから。

  あ、すみません。そんなに考えるようなことでもないので・・・

  みんな同じ多読仲間として、楽しく、自由に、話をすればいいんじゃないですか?

********************************

という投稿ではみなさん(ぼくの考える「みなさん」)は納得していないと
ぼくは判断します。

  (納得していれば、みちるさん以外にもどんどん「お帰りなさい!」投稿が
   あるはずじゃないかな? みちるさんは前回の騒動には投稿していないよね。
   だから、投稿できたのかもしれない・・・

   特にたかぽんに「真摯」に返信した人たちまで今回何も返信していないのは
   かなりいろいろなことを物語っていると思う。)

したがって、たかぽんは

  みんな同じ多読仲間として、楽しく、自由に、話をすればいいんじゃないですか?

と書いているけれど、多くの人(ぼくの考える多くの人)からすると「水に流す」ことも、
「同じ多読仲間として」受け入れることもまだむずかしいと思います。

* したがって、「みんな同じ多読仲間として、楽しく、自由に」戻るのは
  まだ先のことだと判断します。

たかぽんがたくさんの「多読仲間」に歓迎されるために、
ぼくはたかぽんとじっくり話し合う必要があると思います。

そこで・・・

* 5月にぼくは全面削除も選択肢に入れて話し合いをしようと提案しました。
  今回その「話し合い」を改めてはじめたいので、
  「いろりばた」だけに投稿を許可します。

  いろりばたでたかぽんにたかぽん以外の人が投稿することは
  歓迎です。

* ほかの掲示板には当面許可しません。
 
  たかぽんが「いろりばた」以外に投稿した場合は、削除します。

  削除が遅れて、みなさんが返信した場合は、
  前回のたむさんの時と同様こちらの手間を省くために、断りなく一括削除します。

たかぽん、どうでしょう?

たかぽんとぼくがじっくり話し合って、一致とはいかなくても、
なんらかの均衡状態、ともかくも合意 を実現する最後の
機会かなと思います。慎重にお考えになって、返信をくださるよう祈っています。


上へ上へ | 前へ前へ | 次へ次へ | ここから後の返信を全て表示ここから後の返信を全て表示 | 引用して返信を書き込む引用して返信を書き込む | 返信を書き込む返信を書き込む | 訂正する訂正する | 削除する削除する

646. Re: たかぽんへ (そしてちょっと、みなさんへ)

ユーザ名(Username): たかぽん。
日時: 2010/8/24(02:19)

------------------------------

酒井先生、こんばんは。
 
 
>* 5月にぼくは全面削除も選択肢に入れて話し合いをしようと提案しました。
>  今回その「話し合い」を改めてはじめたいので、
>  「いろりばた」だけに投稿を許可します。
 
 
  そうですか。
  ですが、全面削除については私は取り下げましたので、そのことについてお話しすることはありません。
  それよりも、私がどう改善すれば(or事情がどうなれば)、他の掲示板への投稿も許可していただけるのかを
  教えてください。
  (3ヶ月後には投稿できると思っていたのですが・・・ 刑務所から出た瞬間に逮捕勾留された気分です。)
  目に見えない「みなさん」が嫌がっているから投稿禁止、というのでは、わりきれません。
 
 
>  いろりばたでたかぽんにたかぽん以外の人が投稿することは
>  歓迎です。

>* ほかの掲示板には当面許可しません。
> 
>  たかぽんが「いろりばた」以外に投稿した場合は、削除します。

>  削除が遅れて、みなさんが返信した場合は、
>  前回のたむさんの時と同様こちらの手間を省くために、断りなく一括削除します。

>たかぽん、どうでしょう?
 
 
  どう?というより、そういうご命令ですよね。承りました。
 
 
>たかぽんとぼくがじっくり話し合って、一致とはいかなくても、
>なんらかの均衡状態、ともかくも合意 を実現する最後の
>機会かなと思います。慎重にお考えになって、返信をくださるよう祈っています。
 
 
  何を話し合い、合意するのですか?
  削除については、取り下げましたので、話が終わっています。
  何について話し合うのかを教えてください。

  私も、不名誉きわまりない、侮辱的な、こうした「隔離された罪人(狂人?猛獣?)」扱いからは、
  早く脱したいと思います。
  私が他の掲示板に投稿できるための条件を提示してください。
 
 


上へ上へ | 前へ前へ | 次へ次へ | ここから後の返信を全て表示ここから後の返信を全て表示 | 引用して返信を書き込む引用して返信を書き込む | 返信を書き込む返信を書き込む | 訂正する訂正する | 削除する削除する

647. Re: たかぽんへ (そしてちょっと、みなさんへ)

ユーザ名(Username): みちる。。。
日時: 2010/8/24(02:35)

------------------------------

酒井先生、たかぽん、こんばんは。

横から失礼いたします。

私は、たかぽんと掲示板で楽しく話していたときもありますから、
楽しく話せるなら、それは楽しいと思っています。

ただ、たかぽんから酒井先生への返信には、正直がっかりしました。
たかぽんは、この掲示板でどう楽しく話したいのか?ということが
知りたいです。
酒井先生への批判や強い意見を書きたいなら、掲示板よりもメールか
なにかでのやりとりにしたらいかがでしょう?

「多読的」についてのご意見も書かれていますが、tadoku.orgでは、
ここのサイトでの「多読」の考え方がちゃんと書かれていますよね。
その上で、「多読的」という言葉を使っているのなら、誤解はない
のではないでしょうか?

ここの「多読」の定義を読んで、辞書引かなければ読む意味がないと思う
人は、そう言う多読をすればいいだけの話では?

ここの場所は、tadoku.orgの「多読」の定義を読んで、面白そうだからとか
ほんとかなと思いながらとか、とにかくやってみるかと思った人たちが、
集って、こんな本が楽しい、こんな音源がある、こんな映像がある・・・
こんなことやってみた・・・なんて、わいわい話す場所なんじゃないかな〜。

酒井先生や他の誰かがやっていること、やろうとすることに対して警告する
場所でも、批判する場所でもないと思う。
(なぜここで批判をするのがいけないのかというと、はじめてそれほどたって
いない人が、掲示板で強い批判をしているのを見れば、なんだか不安になって
しまうからね。)

だから、書きたいことが「楽しいこと」なら、楽しくお話ししたいけれど、
書きたいことが「警告」や「批判」なら、掲示板に書くのではなくブログなり
メールで書いて欲しいと思う。

たかぽんは、ご自分でどう思っているのか分からないけれど、
酒井先生以上に扇動力がある人だと思う。
信者という言葉は使いたくないけれど、たかぽんに影響されやすい人は
いっぱいいるなって、思ったよ。
そこのところは、心に留めておいて欲しいなと思う。

私は、酒井先生もたかぽんも好きなので、仲良く楽しくお話しできるならば、
それが一番いいなと思うので、いろいろ書かせていただきました。
(たむさんも好きなので、掲示板に戻ってきていただけたら嬉しい。)

それでは。


上へ上へ | 前へ前へ | 次へ次へ | ここから後の返信を全て表示ここから後の返信を全て表示 | 引用して返信を書き込む引用して返信を書き込む | 返信を書き込む返信を書き込む | 訂正する訂正する | 削除する削除する

649. みちるさんへ

ユーザ名(Username): たかぽん。
日時: 2010/8/24(03:54)

------------------------------

みちるさん、こんばんは。
 
 
>酒井先生、たかぽん、こんばんは。

>横から失礼いたします。

>私は、たかぽんと掲示板で楽しく話していたときもありますから、
>楽しく話せるなら、それは楽しいと思っています。

>ただ、たかぽんから酒井先生への返信には、正直がっかりしました。
>たかぽんは、この掲示板でどう楽しく話したいのか?ということが
>知りたいです。
>酒井先生への批判や強い意見を書きたいなら、掲示板よりもメールか
>なにかでのやりとりにしたらいかがでしょう?
 
 
  私は、酒井先生もまた批判的に見るべきだと思いますし、酒井先生も当然そうお望みだと思います。
  ケンカをしているわけではなく、違った角度から見ることは、楽しいことだと思います。
  酒井先生の言う多読をたたき台に、みんなでワイワイ議論して、より良い英語の身に付け方を
  いろいろ模索できたらなと思います。(絶対的な一つの方法には決まらないと思いますが。)
  みなさん何だか遠慮しすぎだなーと思って、掲示板に書かせてもらっています。
 
 
>「多読的」についてのご意見も書かれていますが、tadoku.orgでは、
>ここのサイトでの「多読」の考え方がちゃんと書かれていますよね。
>その上で、「多読的」という言葉を使っているのなら、誤解はない
>のではないでしょうか?
 
 
  いえ、非常に問題です。

  たとえば、「このサイトでは、京都のことを『日本』と言うことにします」として、影響力のある人が、
  「日本的美意識」などと使い続けた場合、だんだんと、日本ていうのは京都なんだと思えてくる。
  つまり、約束事に過ぎなかったものが、真理のように思えてくる、という効果があるのです。

  「多読三原則」に従う多読を「多読」と言っていたのが、いつのまにか「多読三原則」に従う多読だけが
  正しい多読のように思えてくる。
  さらに、「多読三原則」に従う多読だけが正しい外国語習得法のように思えてくる、という効果があります。
  そして、そう思い込んでしまっている人が、現に多くいるように思えるのです。
 
 
>ここの「多読」の定義を読んで、辞書引かなければ読む意味がないと思う
>人は、そう言う多読をすればいいだけの話では?
 
 
  もちろんそうですが、そういう人が排除されてしまう雰囲気が、問題です。

  ぶっちゃけ、みんな、本を読めるようになったり、英語ができるようになったりしたいわけですから、
  酒井先生の言う「多読三原則」にこだわる必要はない。
  どうやらたくさん読んだり聴いたりはしなきゃいけないらしいということで、多読or多聴は正しいとしても、
  「多読三原則」が絶対的に良い方法だとも証明されていないわけですから、
  本来の意味の多読多聴という広いくくりで、意見交換なりできるといいのになぁと、私なんかは思います。
  「多読三原則」ではイマイチだったから、今は辞書引きまくって読んでます、みたいな話も、
  排除されるべきではないと思うんです。

  ところが、排除されてしまっているのが現状です。ひそかに勉強してる人も言い出しにくい雰囲気がある。
  それは何だか不正直なことだし、不幸なことだなと思うんですよね。
 
 
>ここの場所は、tadoku.orgの「多読」の定義を読んで、面白そうだからとか
>ほんとかなと思いながらとか、とにかくやってみるかと思った人たちが、
>集って、こんな本が楽しい、こんな音源がある、こんな映像がある・・・
>こんなことやってみた・・・なんて、わいわい話す場所なんじゃないかな〜。
 
 
  もちろん、それも大いにあってよいのですが、多読三原則ではどうもうまく行かないという話とか、
  酒井先生に忌憚なくツッコミを入れるような話もあるほうが、自然だと思います。
 
 
>酒井先生や他の誰かがやっていること、やろうとすることに対して警告する
>場所でも、批判する場所でもないと思う。
>(なぜここで批判をするのがいけないのかというと、はじめてそれほどたって
>いない人が、掲示板で強い批判をしているのを見れば、なんだか不安になって
>しまうからね。)
 
 
  酒井先生の言うことも鵜呑みにしちゃいかんよーとか、多読三原則も絶対ではないんだよーとか申し上げることは、
  むしろ親切なことだと思うのですが?
 
 
>だから、書きたいことが「楽しいこと」なら、楽しくお話ししたいけれど、
>書きたいことが「警告」や「批判」なら、掲示板に書くのではなくブログなり
>メールで書いて欲しいと思う。
 
 
  掲示板に書くのが公明正大だと思います。
  ドクロを隠したままワイワイやっても、それは偽りの楽しさだと思います。
 
 
>たかぽんは、ご自分でどう思っているのか分からないけれど、
>酒井先生以上に扇動力がある人だと思う。
>信者という言葉は使いたくないけれど、たかぽんに影響されやすい人は
>いっぱいいるなって、思ったよ。
>そこのところは、心に留めておいて欲しいなと思う。
 
 
  それは、酒井先生の力を過小評価されていますよ。
 
 
>私は、酒井先生もたかぽんも好きなので、仲良く楽しくお話しできるならば、
>それが一番いいなと思うので、いろいろ書かせていただきました。
>(たむさんも好きなので、掲示板に戻ってきていただけたら嬉しい。)
 
 
  いや、ほんとに、みなさんに戻って来ていただいて、SSSのときみたいに、
  自由で忌憚の無い話ができるといいですね。
 
 
>それでは。
 
 
  ご意見ありがとうございます。
  


上へ上へ | 前へ前へ | 次へ次へ | ここから後の返信を全て表示ここから後の返信を全て表示 | 引用して返信を書き込む引用して返信を書き込む | 返信を書き込む返信を書き込む | 訂正する訂正する | 削除する削除する

652. Re: 横から。

ユーザ名(Username): ひまぞ
日時: 2010/8/24(13:47)

------------------------------

たかぽんさん、みちるさん、そして酒井せんせ、こんにちは。
思い切り横からしちゃいます。

ひまぞがおかえりメッセージを入れなかったのは
歓迎かどうかの観点からではなくて
今、私の精神エネルギーレベルが0なだけです…。

>  私は、酒井先生もまた批判的に見るべきだと思いますし、酒井先生も当然そうお望みだと思います。
>  ケンカをしているわけではなく、違った角度から見ることは、楽しいことだと思います。
>  酒井先生の言う多読をたたき台に、みんなでワイワイ議論して、より良い英語の身に付け方を
>  いろいろ模索できたらなと思います。(絶対的な一つの方法には決まらないと思いますが。)
>  みなさん何だか遠慮しすぎだなーと思って、掲示板に書かせてもらっています。

きちんとルールを守っての議論ならば、楽しいと私も思います。
でも残念なことですが、前回のやりとりをみていてそのルールを
たかぽんやその周辺の人たちは守れていなかったと思います。
議論を求めると投稿しながらも、あれは全く議論ではありませんでした。

そして、たとえばの例ですが、酒井先生の和訳プロジェクト。
私はあれに対しては反対の姿勢を示しています。
その内容については、酒井先生に直接メールをして説明しています。
酒井先生も、私が気にかけている部分については理解を示してくれていて
プロジェクトは続行でしょうが、配慮はしてくれると思っています。

さて、私が一番、たかぽんに関して不思議に思うことなのですが。
その議論をどうしてこの掲示板上でやらないとならないと思うのかです。

上記の和訳プロジェクトが、もしSSSであがったとしたら
私は賛同して協力を申し出たと思います。
でも、ここに集まってきている人たち、酒井先生の「多読」に興味を示す人には
そのプロジェクトの要旨が的確に伝わらずに、害を及ぼす可能性があると感じるので
ここでは反対の意思を示しているのです。

たかぽんが定義したい「多読」の方法で話し合う場所を求めるのならば
はっきり言ってそれはここではありません。
もっと広義の「多読」を行っている場所で、活動して欲しいです。
ここはあえて狭義の「多読」を行う場所であって
多読三原則を必要とする「多読」を実行しようとしてる人の場所です。

どうして、場違いな場所で、活動したいと思われるのですか?
他の人みんなに自分と同じように考え行動してもらいたいのですか?
(違うと私は知っていますが、客観的にはそう見えてしまいます。)

同じ人間で同じ思考であっても、TPOで発言内容は変わるものです。

>>「多読的」についてのご意見も書かれていますが、tadoku.orgでは、
>>ここのサイトでの「多読」の考え方がちゃんと書かれていますよね。
>>その上で、「多読的」という言葉を使っているのなら、誤解はない
>>のではないでしょうか?
> 
> 
>  いえ、非常に問題です。

>  たとえば、「このサイトでは、京都のことを『日本』と言うことにします」として、影響力のある人が、
>  「日本的美意識」などと使い続けた場合、だんだんと、日本ていうのは京都なんだと思えてくる。
>  つまり、約束事に過ぎなかったものが、真理のように思えてくる、という効果があるのです。

>  「多読三原則」に従う多読を「多読」と言っていたのが、いつのまにか「多読三原則」に従う多読だけが
>  正しい多読のように思えてくる。
>  さらに、「多読三原則」に従う多読だけが正しい外国語習得法のように思えてくる、という効果があります。
>  そして、そう思い込んでしまっている人が、現に多くいるように思えるのです。

たかぽんは、いったいどの程度まで多読をみてきているのでしょうか?
思いこんでしまっているのは、たかぽんの方ではないですか?

この10年間で、ごく普通の書店でも洋書が置かれるようになり
ネット販売での価格もとても下がって、身近になっています。
その功績に酒井先生の「多読」がかんでいることは否定はしませんが
酒井先生の「多読」がすべてでは全くありません。
SSSと純粋タドキストだけの数ではそんな売上にはなりません。
(多読という言葉を知っただけで読み始めた人は含みません。)

酒井先生はSSSを通じて「多読」という言葉を広める一役を果たしましたが
そんな言葉ができる前から、洋書読みの人たちは多く存在していましたし
「多読」という言葉を使わないだけで、読書を勧めている先生も多くいました。
そういう人たちにとっては、簡単なもの、興味のあるものから始めるは
周知のことですから、さらにその敷居を低くできる本の紹介をしたのみが
目新しいことだったくらいではないでしょうか?

古くから洋書を紹介して、さまざまなレベルの洋書を読んでいる
そんなサイトやグループに参加されたりしていますか?
多角的に英語を学ぶための受験生や英語学習者の人たちと
多読について話し合ったりしたことがありますか?
多読で身につけた英語を何かに利用してみようとしていますか?

酒井先生もタドキストも恐れずに言えば、こちら側の方が少数なのです。
そしてそのタドキストの中でも、酒井先生の「多読」でスタートはしたけれど
酒井先生もその「多読」も越えて、自分の読書や英語を行っている人の方が
多読三原則から離れずに続けている人よりずっと多いはずです。
自転車の補助輪、水泳のビート板のように、要らなくなるけれど
でも誰かに教える時にはやっぱりまた使ってしまう
そんなただの道具でしかないのです。

いつまでも、酒井先生のまわりの「多読」から離れていかないから
逆にたかぽんには、ほかの人が見ている世界を感じられないのではないですか?

自分たちなりの英語との付き合い方を得たタドキストは
ここに来る時には酒井先生の多読
ほかに行く時にはそこの場所の英語や多読と
みんなTPOをわきまえて話をしていると思います。

ここへ来るなとは言いません。
そんな事を言う権利もないし、旧友の出入りは大歓迎です。
でもほかをもっと広く見てきてください。
そのうえで、ここで他人を巻き込んでも必要と思う発言なのか
酒井先生と個人的に話すべきことなのか
他で自分だけで切磋琢磨していくべき話題なのかを見極めてみてください。

そのほかの人たちが、当たり前に判断しているところを
軽く超えて場違いな発言を繰り返してしまうから
「怖い人だ」という評価になってしまっているのです。

あと、私は酒井先生はこわくありません。
影響力があるかどうかは、よくわかりません。
ただ酒井先生の周りの結束は強いと思います。
でもそれは、酒井先生の直接影響力ではなくて
むしろ酒井先生への愛護の気持ちからくるような・・・?
酒井先生の多読方法も、まだまだ未完で不定形なので
出来の悪い子ほどかわいい状態というか何というか。
そういう意味では、こことSSSでの「多読」という言葉は
そこに出入りしている人にとってはとても特別なものです。
それぞれ違う定義をしていたとしても・・・。

あぁ、私は今めっちゃ落ち込んでいて、生きてるのが苦痛なのですよ。
でもたかぽんが信者と思っている人の意見では反感しか感じないだろうし
やっぱりここは一言書いておかねばと思ったわけです。
個人的にメールでもよかったかもですが、その返事を続けられるだけの
エネルギーが本当にないのです。好き嫌いじゃないのです。
ゆっくり考えてみてください。

あ、それとも、私がめっちゃ落ち込むきっかけになった本を
たかぽんも読んで、片付けしながら一緒に落ち込んでみますか?
「断捨離のすすめ」です。
みちるさんお勧めの、「がらくた捨てたら…」で止めておけばよかった。

このまましばらくもぐります。ぶくぶく…。
ではでは〜。


上へ上へ | 前へ前へ | 次へ次へ | ここから後の返信を全て表示ここから後の返信を全て表示 | 引用して返信を書き込む引用して返信を書き込む | 返信を書き込む返信を書き込む | 訂正する訂正する | 削除する削除する

653. ひまぞさんへ

ユーザ名(Username): たかぽん。
日時: 2010/8/24(22:07)

------------------------------

ひまぞさん、こんばんは。
 
 
>たかぽんさん、みちるさん、そして酒井せんせ、こんにちは。
>思い切り横からしちゃいます。

>ひまぞがおかえりメッセージを入れなかったのは
>歓迎かどうかの観点からではなくて
>今、私の精神エネルギーレベルが0なだけです…。
 
 
  大丈夫ですか?
 
 
>>  私は、酒井先生もまた批判的に見るべきだと思いますし、酒井先生も当然そうお望みだと思います。
>>  ケンカをしているわけではなく、違った角度から見ることは、楽しいことだと思います。
>>  酒井先生の言う多読をたたき台に、みんなでワイワイ議論して、より良い英語の身に付け方を
>>  いろいろ模索できたらなと思います。(絶対的な一つの方法には決まらないと思いますが。)
>>  みなさん何だか遠慮しすぎだなーと思って、掲示板に書かせてもらっています。

>きちんとルールを守っての議論ならば、楽しいと私も思います。
>でも残念なことですが、前回のやりとりをみていてそのルールを
>たかぽんやその周辺の人たちは守れていなかったと思います。
>議論を求めると投稿しながらも、あれは全く議論ではありませんでした。
 
 
  まぁ、私もずいぶん頭に来て、言葉が強くなっていましたけれど、
  酒井先生も酒井先生だったと思います。
  「お互いさま」かなと思います。
 
 
>そして、たとえばの例ですが、酒井先生の和訳プロジェクト。
>私はあれに対しては反対の姿勢を示しています。
>その内容については、酒井先生に直接メールをして説明しています。
>酒井先生も、私が気にかけている部分については理解を示してくれていて
>プロジェクトは続行でしょうが、配慮はしてくれると思っています。
 
 
  よかったですね。
 
 
>さて、私が一番、たかぽんに関して不思議に思うことなのですが。
>その議論をどうしてこの掲示板上でやらないとならないと思うのかです。
 
 
  掲示板上でやってはいけませんかね。
 
 
>上記の和訳プロジェクトが、もしSSSであがったとしたら
>私は賛同して協力を申し出たと思います。
>でも、ここに集まってきている人たち、酒井先生の「多読」に興味を示す人には
>そのプロジェクトの要旨が的確に伝わらずに、害を及ぼす可能性があると感じるので
>ここでは反対の意思を示しているのです。
 
 
  なるほど。
 
 
>たかぽんが定義したい「多読」の方法で話し合う場所を求めるのならば
>はっきり言ってそれはここではありません。
>もっと広義の「多読」を行っている場所で、活動して欲しいです。
>ここはあえて狭義の「多読」を行う場所であって
>多読三原則を必要とする「多読」を実行しようとしてる人の場所です。
 
 
  たとえば、多読三原則をやってみて伸び悩んで、多読三原則ではない多読を試している人は、
  排除されるということですか?
  多読三原則が絶対的な英語習得法ではない以上、そういう人も排除せず、お話を聞くことが
  多読三原則の発展のためにも有益なのではないかと思います。

  また、「多読三原則」が実はそんなに一義的ではないということも、考慮されるべきかと思います。
 
 
>どうして、場違いな場所で、活動したいと思われるのですか?
>他の人みんなに自分と同じように考え行動してもらいたいのですか?
>(違うと私は知っていますが、客観的にはそう見えてしまいます。)
 
 
  言うなれば、「多読愛」「酒井愛」からでしょうか。
  「酒井教」「他毒教(他は毒だよ教)」みたいになってるのを見ると、黙っていられないんですね。
  まったくおせっかいなことだと、我ながら思いますが。
 
 
>同じ人間で同じ思考であっても、TPOで発言内容は変わるものです。
 
 
  それはそうですよね。
 
 
>>>「多読的」についてのご意見も書かれていますが、tadoku.orgでは、
>>>ここのサイトでの「多読」の考え方がちゃんと書かれていますよね。
>>>その上で、「多読的」という言葉を使っているのなら、誤解はない
>>>のではないでしょうか?
>> 
>> 
>>  いえ、非常に問題です。

>>  たとえば、「このサイトでは、京都のことを『日本』と言うことにします」として、影響力のある人が、
>>  「日本的美意識」などと使い続けた場合、だんだんと、日本ていうのは京都なんだと思えてくる。
>>  つまり、約束事に過ぎなかったものが、真理のように思えてくる、という効果があるのです。

>>  「多読三原則」に従う多読を「多読」と言っていたのが、いつのまにか「多読三原則」に従う多読だけが
>>  正しい多読のように思えてくる。
>>  さらに、「多読三原則」に従う多読だけが正しい外国語習得法のように思えてくる、という効果があります。
>>  そして、そう思い込んでしまっている人が、現に多くいるように思えるのです。

>たかぽんは、いったいどの程度まで多読をみてきているのでしょうか?
>思いこんでしまっているのは、たかぽんの方ではないですか?
 
 
  そうですか?
 
 
>この10年間で、ごく普通の書店でも洋書が置かれるようになり
>ネット販売での価格もとても下がって、身近になっています。
>その功績に酒井先生の「多読」がかんでいることは否定はしませんが
>酒井先生の「多読」がすべてでは全くありません。
>SSSと純粋タドキストだけの数ではそんな売上にはなりません。
>(多読という言葉を知っただけで読み始めた人は含みません。)
 
 
  ええ。十分承知しているつもりですが。
 
 
>酒井先生はSSSを通じて「多読」という言葉を広める一役を果たしましたが
>そんな言葉ができる前から、洋書読みの人たちは多く存在していましたし
>「多読」という言葉を使わないだけで、読書を勧めている先生も多くいました。
>そういう人たちにとっては、簡単なもの、興味のあるものから始めるは
>周知のことですから、さらにその敷居を低くできる本の紹介をしたのみが
>目新しいことだったくらいではないでしょうか?
 
 
  そうかもしれませんね。
 
 
>古くから洋書を紹介して、さまざまなレベルの洋書を読んでいる
>そんなサイトやグループに参加されたりしていますか?
>多角的に英語を学ぶための受験生や英語学習者の人たちと
>多読について話し合ったりしたことがありますか?
>多読で身につけた英語を何かに利用してみようとしていますか?
 
 
  No. Yes. Yes.
 
 
>酒井先生もタドキストも恐れずに言えば、こちら側の方が少数なのです。
>そしてそのタドキストの中でも、酒井先生の「多読」でスタートはしたけれど
>酒井先生もその「多読」も越えて、自分の読書や英語を行っている人の方が
>多読三原則から離れずに続けている人よりずっと多いはずです。
>自転車の補助輪、水泳のビート板のように、要らなくなるけれど
>でも誰かに教える時にはやっぱりまた使ってしまう
>そんなただの道具でしかないのです。
 
 
  同感です。
 
 
>いつまでも、酒井先生のまわりの「多読」から離れていかないから
>逆にたかぽんには、ほかの人が見ている世界を感じられないのではないですか?
 
 
  なるほど。そうかもしれませんね。
 
 
>自分たちなりの英語との付き合い方を得たタドキストは
>ここに来る時には酒井先生の多読
>ほかに行く時にはそこの場所の英語や多読と
>みんなTPOをわきまえて話をしていると思います。
 
 
  いえ、私が言っているのは、酒井先生の言う多読にケチをつけようとかそういうことではなくて、
  「他毒教」をやってしまっていることの問題です。
  なかなかこれが、わかりにくいことなのかもしれません。
 
 
>ここへ来るなとは言いません。
>そんな事を言う権利もないし、旧友の出入りは大歓迎です。
>でもほかをもっと広く見てきてください。
>そのうえで、ここで他人を巻き込んでも必要と思う発言なのか
>酒井先生と個人的に話すべきことなのか
>他で自分だけで切磋琢磨していくべき話題なのかを見極めてみてください。
 
 
  酒井先生の「他毒教」の影響が広く及ぶことをとても危惧しているのですが、
  まぁ、そんなに心配するほど、広まったりしないものかもしれませんね。
 
 
>そのほかの人たちが、当たり前に判断しているところを
>軽く超えて場違いな発言を繰り返してしまうから
>「怖い人だ」という評価になってしまっているのです。
 
 
  KYだなとは思いますね。
 
 
>あと、私は酒井先生はこわくありません。
>影響力があるかどうかは、よくわかりません。
>ただ酒井先生の周りの結束は強いと思います。
>でもそれは、酒井先生の直接影響力ではなくて
>むしろ酒井先生への愛護の気持ちからくるような・・・?
>酒井先生の多読方法も、まだまだ未完で不定形なので
>出来の悪い子ほどかわいい状態というか何というか。
>そういう意味では、こことSSSでの「多読」という言葉は
>そこに出入りしている人にとってはとても特別なものです。
>それぞれ違う定義をしていたとしても・・・。
 
 
  このあたりは、私とひまぞさんとでは、見えてるものが全然違うようですね。
 
 
>あぁ、私は今めっちゃ落ち込んでいて、生きてるのが苦痛なのですよ。
>でもたかぽんが信者と思っている人の意見では反感しか感じないだろうし
>やっぱりここは一言書いておかねばと思ったわけです。
>個人的にメールでもよかったかもですが、その返事を続けられるだけの
>エネルギーが本当にないのです。好き嫌いじゃないのです。
>ゆっくり考えてみてください。
 
 
  ありがとうございました。
 
 
>あ、それとも、私がめっちゃ落ち込むきっかけになった本を
>たかぽんも読んで、片付けしながら一緒に落ち込んでみますか?
>「断捨離のすすめ」です。
>みちるさんお勧めの、「がらくた捨てたら…」で止めておけばよかった。
 
 
  今は遠慮しときます・・・
 
 
>このまましばらくもぐります。ぶくぶく…。
>ではでは〜。
 
 
  またしばらくしたら上がって来てください。
  それでは。


上へ上へ | 前へ前へ | 次へ次へ | ここから後の返信を全て表示ここから後の返信を全て表示 | 引用して返信を書き込む引用して返信を書き込む | 返信を書き込む返信を書き込む | 訂正する訂正する | 削除する削除する

655. 多様性

ユーザ名(Username): みちる。。。
日時: 2010/8/24(23:31)

------------------------------

たかぽん、こんにちは。

レスありがとうございます。

>  私は、酒井先生もまた批判的に見るべきだと思いますし、酒井先生も当然そうお望みだと思います。
>  ケンカをしているわけではなく、違った角度から見ることは、楽しいことだと思います。
>  酒井先生の言う多読をたたき台に、みんなでワイワイ議論して、より良い英語の身に付け方を
>  いろいろ模索できたらなと思います。(絶対的な一つの方法には決まらないと思いますが。)
>  みなさん何だか遠慮しすぎだなーと思って、掲示板に書かせてもらっています。

もちろん、酒井先生もいろいろな意見をお望みだと思います。批判も含めてね。
私も、こども式はもっと英語で遊ぶのかと思ったのに酒井先生のブログは
遊びが少なくてつまらない・・・とか意見したことがあります。

英語で詩を書いてるとか、日本語のショートショートを英語にしてみたとか、
オフ会でお会いする方は、すごく外国語で遊ぶ達人が多くて刺激を受けて楽しい。
こんなのやってみようかなとか、広がっていくのも楽しい。
そんな多様性があるのが楽しいなと思うんですよね。
そんな遊びが広がっていくのが、私がここで望んでいることかな。

>>「多読的」についてのご意見も書かれていますが、tadoku.orgでは、
>>ここのサイトでの「多読」の考え方がちゃんと書かれていますよね。
>>その上で、「多読的」という言葉を使っているのなら、誤解はない
>>のではないでしょうか?

>  いえ、非常に問題です。

>  たとえば、「このサイトでは、京都のことを『日本』と言うことにします」として、影響力のある人が、
>  「日本的美意識」などと使い続けた場合、だんだんと、日本ていうのは京都なんだと思えてくる。
>  つまり、約束事に過ぎなかったものが、真理のように思えてくる、という効果があるのです。

>  「多読三原則」に従う多読を「多読」と言っていたのが、いつのまにか「多読三原則」に従う多読だけが
>  正しい多読のように思えてくる。
>  さらに、「多読三原則」に従う多読だけが正しい外国語習得法のように思えてくる、という効果があります。
>  そして、そう思い込んでしまっている人が、現に多くいるように思えるのです。

影響のある人かぁ。
本屋さんに行ってみれば、いろいろな多読の本が並んでいるし、
古川さんの本も並んでいたりね。
ほかの人の本もいろいろあるよね。
それに、だいたいの英語勉強法の本を読んでみると、多読のススメは
でてくるけれど、酒井先生とは違う多読もいっぱい出てくるよね。
多読と熟読並列オススメとか・・・いろいろと。

酒井先生の本よりも、Googleの村上さんの本とか、
今なら、安河内&竹内の本、森沢本などの本がずっと読まれているでしょう。

酒井先生のところに集う人にとっては、というなら、はじめてしばらくは
多読=多読三原則にしたがう多読でいいのではないでしょうか?
で、なんだか合わないなとか思うなら、いろいろなことをやってみればいい。
大人だったら、他の方法をいろいろやってみて来ている人も多いでしょうし、
この方法が合わないなら他の方法に行ってみて、そっちがいいならそれを、
やっぱり多読がいいなと思うなら多読をしてみたり。

幸いここは強制的にいなければならない学校でもなんでもなくて、
気軽に出たり入ったりできるところ。

多読をしているんだけど、なんだか合わないという方がいれば、
多読にこだわらなくても、他のことを試してみればとか、
その人その人にあったアドバイスをしたらいいのではないかと
思うんですけど。

>>ここの「多読」の定義を読んで、辞書引かなければ読む意味がないと思う
>>人は、そう言う多読をすればいいだけの話では?
> 
> 
>  もちろんそうですが、そういう人が排除されてしまう雰囲気が、問題です。

>  ぶっちゃけ、みんな、本を読めるようになったり、英語ができるようになったりしたいわけですから、
>  酒井先生の言う「多読三原則」にこだわる必要はない。
>  どうやらたくさん読んだり聴いたりはしなきゃいけないらしいということで、多読or多聴は正しいとしても、
>  「多読三原則」が絶対的に良い方法だとも証明されていないわけですから、
>  本来の意味の多読多聴という広いくくりで、意見交換なりできるといいのになぁと、私なんかは思います。
>  「多読三原則」ではイマイチだったから、今は辞書引きまくって読んでます、みたいな話も、
>  排除されるべきではないと思うんです。

>  ところが、排除されてしまっているのが現状です。ひそかに勉強してる人も言い出しにくい雰囲気がある。
>  それは何だか不正直なことだし、不幸なことだなと思うんですよね。

排除されちゃっているというのではなく、興味があればやってみるし、
興味がなければ立ち寄らないだけなのでは?
辞書を使う多読がいいという人は、辞書を使った多読をしている人が
いっぱいいるようなところで、話した方が試行錯誤できて楽しい
だろうし。
いろいろな多読について話したいなら、たかぽんが「総合多読サイト」
作ってみたらどう?

私は、ラーンがなかったから、アンラーンもないんだけど、
アンラーンしている人が、どれだけぐらぐらしやすいものかって、
SSSで身にしみなかった?
辞書引き引き英語を読んでいた人が、辞書を読まないで読んでみる方法が
あるのか、よし・・・とはじめた横で、
「合わなかったから、やっぱり辞書使って多読がいいよね」なんて
書いてあったら、困惑して不安になると思わない?

ま、行ってみれば、たかぽんは、多読いっぱいしてきて、ぐらぐらしなく
なっているから、その余裕があるんじゃないかな。

だから、もっと広い多読、より英語が身に付く多読を探してみようって、
サイト作ったら、いろいろな人参加してくれると思うよ。
ここの多読から、そこの多読に移ったり。
その方が多様性があって楽しいと思うんだけど?

>  もちろん、それも大いにあってよいのですが、多読三原則ではどうもうまく行かないという話とか、
>  酒井先生に忌憚なくツッコミを入れるような話もあるほうが、自然だと思います。

そうだねー。もちろん。
スランプのときでも、みんながやさしくアドバイスしてくれる雰囲気があれば、
なんだか多読上手くいかないんだって言いやすそうだよね。
ツッコミも、多読の定義みたいなところではなく酒井先生の発言に、ウィットを
もってのツッコミなら普通に書いていいんじゃない?

>  酒井先生の言うことも鵜呑みにしちゃいかんよーとか、多読三原則も絶対ではないんだよーとか申し上げることは、
>  むしろ親切なことだと思うのですが?

特に大人は、いろいろ他の方法もやったりして多読に来てたりで、
どんな方法でも絶対ではないんだよ〜って知っているのでは?

で、たかぽんからみて鵜呑みにしすぎていると思う人を信者だといって、
信者の言うことだからみたいな言い方をする方が「排除」を感じるな。

> 
>>だから、書きたいことが「楽しいこと」なら、楽しくお話ししたいけれど、
>>書きたいことが「警告」や「批判」なら、掲示板に書くのではなくブログなり
>>メールで書いて欲しいと思う。
> 
>  掲示板に書くのが公明正大だと思います。
>  ドクロを隠したままワイワイやっても、それは偽りの楽しさだと思います。

前に、SSSで英語の先生が、多読のことを上の人に分かってもらうために
データが欲しいと言っていたときに、バッシングになってたよね。
覚えてるでしょ?
あの辺読んで、アンラーン中の人ってどれだけ不安定なのかと考えて、
不安定な人の横で、批判を書くことってどんなことなのかって
考えて欲しいなぁって気がする。

たかぽんは、批判とか警告の気持ちがいっぱいあるから、不安定な人の気持ちとか、
はじめてみようかなという人の気持ちとか、見えなくなっちゃっている気がする。

ドクロ隠したままっていうけど、私にはドクロないな。
参考書読んだりもしているけれど、別に酒井先生にそんなことしたら、
ここから排除だなんて言われないし。
基本的に、出入り自由、強制されることは何も無しの場なんだから。

>  それは、酒井先生の力を過小評価されていますよ。

たかぽんにとっては、相当大きいんだね。


上へ上へ | 前へ前へ | 次へ次へ | ここから後の返信を全て表示ここから後の返信を全て表示 | 引用して返信を書き込む引用して返信を書き込む | 返信を書き込む返信を書き込む | 訂正する訂正する | 削除する削除する

657. みちるさんへ

ユーザ名(Username): たかぽん。
日時: 2010/8/25(00:05)

------------------------------

みちるさん、こんばんは。
 
 
>たかぽん、こんにちは。

>レスありがとうございます。
 
 
  いえいえ、どういたしまして。
 
 
>>  私は、酒井先生もまた批判的に見るべきだと思いますし、酒井先生も当然そうお望みだと思います。
>>  ケンカをしているわけではなく、違った角度から見ることは、楽しいことだと思います。
>>  酒井先生の言う多読をたたき台に、みんなでワイワイ議論して、より良い英語の身に付け方を
>>  いろいろ模索できたらなと思います。(絶対的な一つの方法には決まらないと思いますが。)
>>  みなさん何だか遠慮しすぎだなーと思って、掲示板に書かせてもらっています。

>もちろん、酒井先生もいろいろな意見をお望みだと思います。批判も含めてね。
>私も、こども式はもっと英語で遊ぶのかと思ったのに酒井先生のブログは
>遊びが少なくてつまらない・・・とか意見したことがあります。
 
 
  そうですか。
 
 
>英語で詩を書いてるとか、日本語のショートショートを英語にしてみたとか、
>オフ会でお会いする方は、すごく外国語で遊ぶ達人が多くて刺激を受けて楽しい。
>こんなのやってみようかなとか、広がっていくのも楽しい。
>そんな多様性があるのが楽しいなと思うんですよね。
>そんな遊びが広がっていくのが、私がここで望んでいることかな。
 
 
  なるほどね。
 
 
>>>「多読的」についてのご意見も書かれていますが、tadoku.orgでは、
>>>ここのサイトでの「多読」の考え方がちゃんと書かれていますよね。
>>>その上で、「多読的」という言葉を使っているのなら、誤解はない
>>>のではないでしょうか?

>>  いえ、非常に問題です。

>>  たとえば、「このサイトでは、京都のことを『日本』と言うことにします」として、影響力のある人が、
>>  「日本的美意識」などと使い続けた場合、だんだんと、日本ていうのは京都なんだと思えてくる。
>>  つまり、約束事に過ぎなかったものが、真理のように思えてくる、という効果があるのです。

>>  「多読三原則」に従う多読を「多読」と言っていたのが、いつのまにか「多読三原則」に従う多読だけが
>>  正しい多読のように思えてくる。
>>  さらに、「多読三原則」に従う多読だけが正しい外国語習得法のように思えてくる、という効果があります。
>>  そして、そう思い込んでしまっている人が、現に多くいるように思えるのです。

>影響のある人かぁ。
>本屋さんに行ってみれば、いろいろな多読の本が並んでいるし、
>古川さんの本も並んでいたりね。
>ほかの人の本もいろいろあるよね。
>それに、だいたいの英語勉強法の本を読んでみると、多読のススメは
>でてくるけれど、酒井先生とは違う多読もいっぱい出てくるよね。
>多読と熟読並列オススメとか・・・いろいろと。

>酒井先生の本よりも、Googleの村上さんの本とか、
>今なら、安河内&竹内の本、森沢本などの本がずっと読まれているでしょう。

>酒井先生のところに集う人にとっては、というなら、はじめてしばらくは
>多読=多読三原則にしたがう多読でいいのではないでしょうか?
>で、なんだか合わないなとか思うなら、いろいろなことをやってみればいい。
>大人だったら、他の方法をいろいろやってみて来ている人も多いでしょうし、
>この方法が合わないなら他の方法に行ってみて、そっちがいいならそれを、
>やっぱり多読がいいなと思うなら多読をしてみたり。

>幸いここは強制的にいなければならない学校でもなんでもなくて、
>気軽に出たり入ったりできるところ。

>多読をしているんだけど、なんだか合わないという方がいれば、
>多読にこだわらなくても、他のことを試してみればとか、
>その人その人にあったアドバイスをしたらいいのではないかと
>思うんですけど。
 
 
  ふむ。
 
 
>>>ここの「多読」の定義を読んで、辞書引かなければ読む意味がないと思う
>>>人は、そう言う多読をすればいいだけの話では?
>> 
>> 
>>  もちろんそうですが、そういう人が排除されてしまう雰囲気が、問題です。

>>  ぶっちゃけ、みんな、本を読めるようになったり、英語ができるようになったりしたいわけですから、
>>  酒井先生の言う「多読三原則」にこだわる必要はない。
>>  どうやらたくさん読んだり聴いたりはしなきゃいけないらしいということで、多読or多聴は正しいとしても、
>>  「多読三原則」が絶対的に良い方法だとも証明されていないわけですから、
>>  本来の意味の多読多聴という広いくくりで、意見交換なりできるといいのになぁと、私なんかは思います。
>>  「多読三原則」ではイマイチだったから、今は辞書引きまくって読んでます、みたいな話も、
>>  排除されるべきではないと思うんです。

>>  ところが、排除されてしまっているのが現状です。ひそかに勉強してる人も言い出しにくい雰囲気がある。
>>  それは何だか不正直なことだし、不幸なことだなと思うんですよね。

>排除されちゃっているというのではなく、興味があればやってみるし、
>興味がなければ立ち寄らないだけなのでは?
>辞書を使う多読がいいという人は、辞書を使った多読をしている人が
>いっぱいいるようなところで、話した方が試行錯誤できて楽しい
>だろうし。
>いろいろな多読について話したいなら、たかぽんが「総合多読サイト」
>作ってみたらどう?
 
 
  へ?
 
 
>私は、ラーンがなかったから、アンラーンもないんだけど、
>アンラーンしている人が、どれだけぐらぐらしやすいものかって、
>SSSで身にしみなかった?
>辞書引き引き英語を読んでいた人が、辞書を読まないで読んでみる方法が
>あるのか、よし・・・とはじめた横で、
>「合わなかったから、やっぱり辞書使って多読がいいよね」なんて
>書いてあったら、困惑して不安になると思わない?
 
 
  どうなんでしょう。
  SSSの最初のころは、辞書引いて勉強するほうがいいんだと言う人も盛んに投稿されてましたが、
  それを見たって、べつに、辞書引かない多読が面白かったので、私は困惑もせずやってましたが。
  (むしろ、読まないで聴くほうがいいんじゃないかという、自分の中の葛藤はありましたね。余談ですが。)
 
 
>ま、行ってみれば、たかぽんは、多読いっぱいしてきて、ぐらぐらしなく
>なっているから、その余裕があるんじゃないかな。
 
 
  うーん。どうなんでしょうね。
 
 
>だから、もっと広い多読、より英語が身に付く多読を探してみようって、
>サイト作ったら、いろいろな人参加してくれると思うよ。
>ここの多読から、そこの多読に移ったり。
>その方が多様性があって楽しいと思うんだけど?
 
 
  このサイトでも、多様性を実現できると思うんですけどね。
 
 
>>  もちろん、それも大いにあってよいのですが、多読三原則ではどうもうまく行かないという話とか、
>>  酒井先生に忌憚なくツッコミを入れるような話もあるほうが、自然だと思います。

>そうだねー。もちろん。
>スランプのときでも、みんながやさしくアドバイスしてくれる雰囲気があれば、
>なんだか多読上手くいかないんだって言いやすそうだよね。
>ツッコミも、多読の定義みたいなところではなく酒井先生の発言に、ウィットを
>もってのツッコミなら普通に書いていいんじゃない?
 
 
  多読の定義そのものにツッコミを入れてるわけではないんですが・・・
 
 
>>  酒井先生の言うことも鵜呑みにしちゃいかんよーとか、多読三原則も絶対ではないんだよーとか申し上げることは、
>>  むしろ親切なことだと思うのですが?

>特に大人は、いろいろ他の方法もやったりして多読に来てたりで、
>どんな方法でも絶対ではないんだよ〜って知っているのでは?
 
 
  どうなんでしょうね。
 
 
>で、たかぽんからみて鵜呑みにしすぎていると思う人を信者だといって、
>信者の言うことだからみたいな言い方をする方が「排除」を感じるな。
 
 
  理解していただくのって、難しいんですよね。
 
 
>>>だから、書きたいことが「楽しいこと」なら、楽しくお話ししたいけれど、
>>>書きたいことが「警告」や「批判」なら、掲示板に書くのではなくブログなり
>>>メールで書いて欲しいと思う。
>> 
>>  掲示板に書くのが公明正大だと思います。
>>  ドクロを隠したままワイワイやっても、それは偽りの楽しさだと思います。

>前に、SSSで英語の先生が、多読のことを上の人に分かってもらうために
>データが欲しいと言っていたときに、バッシングになってたよね。
>覚えてるでしょ?
>あの辺読んで、アンラーン中の人ってどれだけ不安定なのかと考えて、
>不安定な人の横で、批判を書くことってどんなことなのかって
>考えて欲しいなぁって気がする。
 
 
  必要な揺らぎ、ってのも、あると思うんですよね。
 
 
>たかぽんは、批判とか警告の気持ちがいっぱいあるから、不安定な人の気持ちとか、
>はじめてみようかなという人の気持ちとか、見えなくなっちゃっている気がする。
 
 
  見えていると思っていますが、見えてる見えてない論争は、水掛け論ですね。
 
 
>ドクロ隠したままっていうけど、私にはドクロないな。
>参考書読んだりもしているけれど、別に酒井先生にそんなことしたら、
>ここから排除だなんて言われないし。
>基本的に、出入り自由、強制されることは何も無しの場なんだから。
 
 
  みちるさんは、大丈夫だと思いますよ。
 
 
>>  それは、酒井先生の力を過小評価されていますよ。

>たかぽんにとっては、相当大きいんだね。
 
 
  ハッハッハ。そうかもしれませんね。

  それでは。


上へ上へ | 前へ前へ | 次へ次へ | ここから後の返信を全て表示ここから後の返信を全て表示 | 引用して返信を書き込む引用して返信を書き込む | 返信を書き込む返信を書き込む | 訂正する訂正する | 削除する削除する

648. 酒井先生へ 追伸

ユーザ名(Username): たかぽん。
日時: 2010/8/24(02:40)

------------------------------

「みんな」が嫌がってるから、なんておっしゃらず、
「酒井が嫌なので、たかぽんは永久追放」という選択肢もアリだと思います。
そのほうが遥かにスッキリしていて、良いかも。


上へ上へ | 前へ前へ | 次へ次へ | ここから後の返信を全て表示ここから後の返信を全て表示 | 引用して返信を書き込む引用して返信を書き込む | 返信を書き込む返信を書き込む | 訂正する訂正する | 削除する削除する

675. どうすれば解禁していただけますか?

ユーザ名(Username): たかぽん。
日時: 2010/9/25(00:46)

------------------------------

「いっしょに歩こ!」1970.から来られる方のために、こちらにも付けさせていただきます。
以下、[url:kb:674] と同内容です。
 
 
 
 
酒井先生、こんばんは。

私の投稿(というか、671.にリンクしただけでしたが…)を削除されたようですが、

[url:http://bbs.tadoku.org/kb7.cgi?b=kodomoshiki&c=e&id=1970]

どうすれば禁を解いていただけるのか、書き込み解禁の条件(ないし期限)を教えていただけますか?

って、まぁ、8月24日 [url:kb:646] からお尋ねしているのですが・・・

話し合いましょう、とおっしゃいますが、何について話し合いたいのかも、一向に教えていただけません。

このままでは、私は、この掲示板に閉じ込められたままになってしまいます。

私を、ずーっと、この掲示板(村の座敷牢?)に閉じ込めておこうというご意思ですか?

もし、そういうご意思でないならば、書き込み解禁の条件(ないし期限)を教えてください。

よろしくお願いいたします。

(ご返答は、[url:kb:674] のほうにお願いいたします。)
 
 



Maintenance: tadoku.org
KINOBOARDS/1.0 R7.3: Copyright © 1995-2000 NAKAMURA, Hiroshi.