[掲示板: ゆっくりじっくり、いろりばたの掲示板(仮称) -- 時刻: 2021/3/1(01:30)]
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ユーザ名(Username): さかい@tadoku.org
日時: 2011/1/8(21:08)
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主観の新茶さん、みなさん、こんにちは!
さかい@tadoku.orgです。
新茶さんの五つ目の質問は次のようなものでした。
********************************
5 さかいさんは,大学に弟子はいますか。弟子に,ある程度,
このtadoku.orgサイトを委任しないのですか。
********************************
* 例によって、「弟子」とはどういう人かという定義の問題になりかねませんが、
ぼくには弟子はおりません。
* tadoku.orgサイトの運営についてのご質問はとても大事な点で、
質問してくださったことを感謝します。
この際(自分でもよく考えていなかったけれど)どうもぼくは
こう思っていたらしい、ということを表明しておきます。
* 多少話題がずれそうな気がしますが、
「委任」ということを、だれかにリーダーをお願いするということだと
すると、弟子であれ、だれであれ、一人の人に委任は考えておりません。
できれば
だれもリーダーがいないのにうまく運営されている
というのが理想です。
でもいまはぼくというリーダーがいるわけですが、
いつかリーダーのいらない理想的な状況になればと祈りつつ
運営しているわけです。
そして、村人のみなさんが、外国語を使って豊かにくらせるように、
たがいに思いやりを持って交流していくこと、
それが願いです。
* リーダーなしでそんなことが実現しようなんて、
夢のまた夢でしょうか?
いや、SSSの掲示板と書評システムはうまくいっていたと思います。
リーダーらしいリーダーはいなかったのではないでしょうか?
リーダーというよりはみんなが共有していたことがあり、
それがみなさんの中でリーダーの役割を果たしていたのかもしれません。
明快にこれまでにない方向を示した多読三原則と、
いままでだれもやったことのないことをやっているという昂揚感
そしてそこから蓄積された書評の数々。
果たしてあの「冒険」をもう一度村が再現できるのか?
再現できれば、村に「リーダー」はいらないでしょう。
(思えば【新たな旅立ち・・・】もまた、一つの冒険ですね。
うまく行くかどうか、それは考えないことにしましょう。
さもなければ冒険ではありませんからね。)
主観の新茶さんのおかげで、村の大事な前提が一つ明らかになってきました。
ありがとうございました。
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