Re: 横から。

[掲示板: ゆっくりじっくり、いろりばたの掲示板(仮称) -- 時刻: 2019/9/22(19:28)]

TOP HELP OPEN LOGIN    :    :


上へ上へ | 前へ前へ | 次へ次へ | ここから後の返信を全て表示ここから後の返信を全て表示 | 引用して返信を書き込む引用して返信を書き込む | 返信を書き込む返信を書き込む | 訂正する訂正する | 削除する削除する

652. Re: 横から。

ユーザ名(Username): ひまぞ
日時: 2010/8/24(13:47)

------------------------------

たかぽんさん、みちるさん、そして酒井せんせ、こんにちは。
思い切り横からしちゃいます。

ひまぞがおかえりメッセージを入れなかったのは
歓迎かどうかの観点からではなくて
今、私の精神エネルギーレベルが0なだけです…。

>  私は、酒井先生もまた批判的に見るべきだと思いますし、酒井先生も当然そうお望みだと思います。
>  ケンカをしているわけではなく、違った角度から見ることは、楽しいことだと思います。
>  酒井先生の言う多読をたたき台に、みんなでワイワイ議論して、より良い英語の身に付け方を
>  いろいろ模索できたらなと思います。(絶対的な一つの方法には決まらないと思いますが。)
>  みなさん何だか遠慮しすぎだなーと思って、掲示板に書かせてもらっています。

きちんとルールを守っての議論ならば、楽しいと私も思います。
でも残念なことですが、前回のやりとりをみていてそのルールを
たかぽんやその周辺の人たちは守れていなかったと思います。
議論を求めると投稿しながらも、あれは全く議論ではありませんでした。

そして、たとえばの例ですが、酒井先生の和訳プロジェクト。
私はあれに対しては反対の姿勢を示しています。
その内容については、酒井先生に直接メールをして説明しています。
酒井先生も、私が気にかけている部分については理解を示してくれていて
プロジェクトは続行でしょうが、配慮はしてくれると思っています。

さて、私が一番、たかぽんに関して不思議に思うことなのですが。
その議論をどうしてこの掲示板上でやらないとならないと思うのかです。

上記の和訳プロジェクトが、もしSSSであがったとしたら
私は賛同して協力を申し出たと思います。
でも、ここに集まってきている人たち、酒井先生の「多読」に興味を示す人には
そのプロジェクトの要旨が的確に伝わらずに、害を及ぼす可能性があると感じるので
ここでは反対の意思を示しているのです。

たかぽんが定義したい「多読」の方法で話し合う場所を求めるのならば
はっきり言ってそれはここではありません。
もっと広義の「多読」を行っている場所で、活動して欲しいです。
ここはあえて狭義の「多読」を行う場所であって
多読三原則を必要とする「多読」を実行しようとしてる人の場所です。

どうして、場違いな場所で、活動したいと思われるのですか?
他の人みんなに自分と同じように考え行動してもらいたいのですか?
(違うと私は知っていますが、客観的にはそう見えてしまいます。)

同じ人間で同じ思考であっても、TPOで発言内容は変わるものです。

>>「多読的」についてのご意見も書かれていますが、tadoku.orgでは、
>>ここのサイトでの「多読」の考え方がちゃんと書かれていますよね。
>>その上で、「多読的」という言葉を使っているのなら、誤解はない
>>のではないでしょうか?
> 
> 
>  いえ、非常に問題です。

>  たとえば、「このサイトでは、京都のことを『日本』と言うことにします」として、影響力のある人が、
>  「日本的美意識」などと使い続けた場合、だんだんと、日本ていうのは京都なんだと思えてくる。
>  つまり、約束事に過ぎなかったものが、真理のように思えてくる、という効果があるのです。

>  「多読三原則」に従う多読を「多読」と言っていたのが、いつのまにか「多読三原則」に従う多読だけが
>  正しい多読のように思えてくる。
>  さらに、「多読三原則」に従う多読だけが正しい外国語習得法のように思えてくる、という効果があります。
>  そして、そう思い込んでしまっている人が、現に多くいるように思えるのです。

たかぽんは、いったいどの程度まで多読をみてきているのでしょうか?
思いこんでしまっているのは、たかぽんの方ではないですか?

この10年間で、ごく普通の書店でも洋書が置かれるようになり
ネット販売での価格もとても下がって、身近になっています。
その功績に酒井先生の「多読」がかんでいることは否定はしませんが
酒井先生の「多読」がすべてでは全くありません。
SSSと純粋タドキストだけの数ではそんな売上にはなりません。
(多読という言葉を知っただけで読み始めた人は含みません。)

酒井先生はSSSを通じて「多読」という言葉を広める一役を果たしましたが
そんな言葉ができる前から、洋書読みの人たちは多く存在していましたし
「多読」という言葉を使わないだけで、読書を勧めている先生も多くいました。
そういう人たちにとっては、簡単なもの、興味のあるものから始めるは
周知のことですから、さらにその敷居を低くできる本の紹介をしたのみが
目新しいことだったくらいではないでしょうか?

古くから洋書を紹介して、さまざまなレベルの洋書を読んでいる
そんなサイトやグループに参加されたりしていますか?
多角的に英語を学ぶための受験生や英語学習者の人たちと
多読について話し合ったりしたことがありますか?
多読で身につけた英語を何かに利用してみようとしていますか?

酒井先生もタドキストも恐れずに言えば、こちら側の方が少数なのです。
そしてそのタドキストの中でも、酒井先生の「多読」でスタートはしたけれど
酒井先生もその「多読」も越えて、自分の読書や英語を行っている人の方が
多読三原則から離れずに続けている人よりずっと多いはずです。
自転車の補助輪、水泳のビート板のように、要らなくなるけれど
でも誰かに教える時にはやっぱりまた使ってしまう
そんなただの道具でしかないのです。

いつまでも、酒井先生のまわりの「多読」から離れていかないから
逆にたかぽんには、ほかの人が見ている世界を感じられないのではないですか?

自分たちなりの英語との付き合い方を得たタドキストは
ここに来る時には酒井先生の多読
ほかに行く時にはそこの場所の英語や多読と
みんなTPOをわきまえて話をしていると思います。

ここへ来るなとは言いません。
そんな事を言う権利もないし、旧友の出入りは大歓迎です。
でもほかをもっと広く見てきてください。
そのうえで、ここで他人を巻き込んでも必要と思う発言なのか
酒井先生と個人的に話すべきことなのか
他で自分だけで切磋琢磨していくべき話題なのかを見極めてみてください。

そのほかの人たちが、当たり前に判断しているところを
軽く超えて場違いな発言を繰り返してしまうから
「怖い人だ」という評価になってしまっているのです。

あと、私は酒井先生はこわくありません。
影響力があるかどうかは、よくわかりません。
ただ酒井先生の周りの結束は強いと思います。
でもそれは、酒井先生の直接影響力ではなくて
むしろ酒井先生への愛護の気持ちからくるような・・・?
酒井先生の多読方法も、まだまだ未完で不定形なので
出来の悪い子ほどかわいい状態というか何というか。
そういう意味では、こことSSSでの「多読」という言葉は
そこに出入りしている人にとってはとても特別なものです。
それぞれ違う定義をしていたとしても・・・。

あぁ、私は今めっちゃ落ち込んでいて、生きてるのが苦痛なのですよ。
でもたかぽんが信者と思っている人の意見では反感しか感じないだろうし
やっぱりここは一言書いておかねばと思ったわけです。
個人的にメールでもよかったかもですが、その返事を続けられるだけの
エネルギーが本当にないのです。好き嫌いじゃないのです。
ゆっくり考えてみてください。

あ、それとも、私がめっちゃ落ち込むきっかけになった本を
たかぽんも読んで、片付けしながら一緒に落ち込んでみますか?
「断捨離のすすめ」です。
みちるさんお勧めの、「がらくた捨てたら…」で止めておけばよかった。

このまましばらくもぐります。ぶくぶく…。
ではでは〜。


▲返信元

▼返信


Maintenance: tadoku.org
KINOBOARDS/1.0 R7.3: Copyright © 1995-2000 NAKAMURA, Hiroshi.