「多読的」ということばについて

[掲示板: ゆっくりじっくり、いろりばたの掲示板(仮称) -- 時刻: 2021/11/30(17:30)]

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645. 「多読的」ということばについて

ユーザ名(Username): たかぽん。
日時: 2010/8/24(01:06)

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なんかちょっとおかしいな、とお思いの方も、いらっしゃると思います。
「多読的翻訳」とか「多読的英作文」とか、いろいろ言われてますが、おかしいと思いませんか?

多読というのは、たくさん読む、という意味ですよね?
酒井先生のいわゆる「多読三原則」に則って読むことだけが多読、ではありません。
たとえば、わからない単語をことごとく辞書で引いて難しい本をたくさん読む、という多読もありましょう。
酒井先生の言う「多読」だけが多読、ではないということです。

ですので、もしも、たとえば「多読的翻訳」が、酒井先生のいわゆる「多読三原則」的に翻訳することであるならば、
「酒井多読三原則的翻訳」、「酒井多読的翻訳」、「多読三原則的翻訳」、「三原則的翻訳」、「酒井的翻訳」
などと称するのが良いと思います。

「多読的翻訳」と言った場合、たとえば、わからない単語をことごとく辞書で引いて難しい本を多読しておられる人の場合、
わからない単語をことごとく辞書で引いて難しい文章をたくさん翻訳することも「多読的翻訳」になり得ますが、
そういうのは「多読的翻訳」と言いたくないわけでしょう?

酒井の言う「多読」だけが多読ではないんだよ、とハッキリさせるためにも、「多読的〜」ということばは
お使いにならないほうが良いのではないかと思います。


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